ヤクルト「原 泉」
2014年ドラフト会議の7巡目でヤクルトに指名された原 泉選手の情報をお伝えします。
2014年10月24日の一面の右の主な紙面の一番に原 泉の写真入りで載っていました。
原、ヤクルト7位指名
プロ野球の新人選手選択(ドラフト) 会議は23日、東京都内であり、第一工業大の原泉外野手(喜界高卒)=写真=がヤクルトに7位指名された。
と南日本新聞の10月24日付けに掲載されています。
同日18面には、
中央に上記の写真が掲載されています。
活躍して恩返ししたい
【原 泉】
1992年7月26日 喜界町生まれ
小学3年のときに軟式野球を始めた。喜界高校では投手を務め、最速142キロを記録。第一工大に入って野手へ転向し、昨春の春の県リーグで4試合連続本塁打を放った。
遠投115メートルを誇る強肩強打の外野手。190センチ、95キロ右投げ右打ち。
次は、2014年10月24日の南日本新聞です。
10月24日 金曜日の25面に掲載された写真です。
上は喜界高等学校時代の久保正樹監督、真ん中は原 泉選手、右は第一工業大学の岡留浩紀監督です。
下の写真は、両親の原 一美父さんと、早苗お母さんと喜びを分かちあい握手。
<追記> 2014年11月10日
2014年11月5日付けの「南日本新聞」19面に原 泉選手の記事が掲載されていました。
「第一工大・原に指名あいさつ」ヤクルト「和製大砲期待」
原選手の抱負です。
一日でも早く1軍に上がりたい。1日千スイングを日課にして10本、20本とホームランを打てる選手になりたい。
仮契約は11月中旬、入団発表は12月中旬の予定だそうです。
<追記> 2014年11月2日 南日本新聞に原 泉選手の記事を見つけました。
郷里の喜界島に帰って「祝賀会」をしたときの様子が報じられていました。
喜界高校時代の野球部の監督 久保 正樹さんも千葉から駆けつけてお祝いを盛り上げてくれたようです。
ありがたいことですね。
みんなに応援されています。原 泉選手 頑張れ!
<追記>2014年11月20日 (木)
郷里の喜界島の後輩の画像を拝借しました。両親と抱き合って喜ぶ「原 泉選手」です。
第一工業大学のキャンパスで、野球部の仲間に胴上げさる原 泉選手。
<追記> 2014年11月24日 (月)
KKBで原泉選手の契約の報道がありました。
ヤクルトから7位指名。
地元喜界島とは?
のタイトルです。
<追記> 2014年12月21日の南日本新聞で掲載されていました。
2014年12月20日 鹿児島市でヤクルト「原 泉選手」の激励会が開催されました。
喜界島出身者が65人集まりました。原選手の背番号も65で会場に集まった参加者はこの偶然に大喜びしたようです。
原選手は、
「どんなときでも同級生たちが励ましてくれた。島民はいつも温かく迎えてくれる。少しでも「早く1軍に上がり、ホームランをみなさんに届けたい」
と挨拶をしたようです。喜界会の会長の恵藤さんは、原選手の湾小学校時代の学校長で、
「あの時から想像できない立派な体格に成長した。本当にうれしい」
と喜びました。恵藤会長は私の恩師でもあります。