著者が亡くなってから4年後に妻と娘と息子で編集、出版された本です。

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表紙にはカワセミが小魚を嘴に咥え水面から飛び立つ躍動感あふれる写真が掲載されています。

著者の峯岸信之さんは、元銀行マン、のちに自営業を始めます。

趣味で始めたカメラが栃木の実家で60歳すぎて住み始めてから、カワセミに魅せられてしまいます。

実家は自然豊かなところで台所から庭にある池にカワセミやヤマセミなどの野鳥がやってくるといいますから驚きです。

そこでカワセミの獲物を捕る姿に魅せられ段々引き込まれていきます。

時速100km以上で飛ぶカワセミを撮るのは並大抵のことではありません。番のカワセミの愛情表現は、♂が♀に餌をあげることから始ります。うまくカップルになるには、♂の嘴から♀が小魚を受け取ると恋は成立。

交尾を経て産卵、抱卵、孵化、子育てと続きます。

峯岸さんは、土蔵にわざわざカワセミが巣作りしやすいように、穴を空けてカワセミの番の子育てを助けます。

池に来るカワセミには♂♀とも名前をつけて写真を撮り続けます。この写真をNHKのラジオ深夜便に送ったことからアンカーを務める山根基世さんとの交流が始まります。

亡くなる寸前にはカワセミの写真展も開催することができました。

実は、峯岸さんは美空ひばりさんがなくなった「突発性間質性肺臓炎肺繊維症」という国指定の難病にかかっていたのです。48歳のときこの病気にかかっていることを知ります。

それから71歳で亡くなるまでこの病気と闘い続けます。日記には闘病生活の記録が残されています。

亡くなる1年前の日記には

「ヘモグロビンは酸素を運ぶ。14日の出血で貧血になって呼吸困難になった。あの時の苦しさはなかった。死ぬかと思った。酸素がだんだんなくなって死ぬのは嫌だ。一瞬で死にたいものだ。」

と記されています。

長男の信太郎さんは、お父さんが撮ったカワセミの写真を多くの人に見てもらおうとホームページを作られています。

峯岸信之ホームページ「翡翠の詩」

このサイトできれいなカワセミの写真を見ることができます。